サッチャン1_3
 サッチャンが看護を担当したのが女性収容所だった。配属して2日目、生後4ヶ月ぐらいの赤ちゃんを抱いたお母さんが、サッチャン達のところに来て、蚊のなくような声で言うのです。「この子見てください。熱があるみたい、お願い見てください。」しかし、誰の目からもすでに息絶えていました。ヨッチャんが、「お母さんもうこの子死んでますよ。」と言うか言わぬか、お母さんは錯乱状態になり、ただただ懇願するのみ、「この子を見てやって下さい、先生に見てもらって下さい。お願いだから・・・・。」先生に皆で頼んでみたがそれどころではない、先生も気力のみで治療に当たっている。
 やっとの陳情に先生が観てくれることになった。お母さんの震える両腕の中にいる子供の脈を取ったその直後、先生は「とっくに死んでいる。」その先生の声はお母さんの心を引き裂く事になった。滝壷に落ちる水の叩き付ける音のような声で、一層激しく泣くばかりであった。
サッチャン1_3
 お母さんを収容所の外へ連れて出たが、立つことすら出来ないでいるその腕の中には、我が子をまるで燃え盛る炎から連れ出すような抱えかたでうずくまってしまった。それを見てもどっかで醒めていた、 大人が死んで行く中、こんな子供の一人や二人・・と言うより死を見過ぎて慣れたのか・・何時間たっただろうか、母の泣き声はやむ気配がしない。夜になっても・・・
 蒸し暑い夜だった。窓の向こうで青白い光が、ポッ、ポッと光っては消えてるのを見ながら、今日運ばれて行ったあの人かなァ、それとも明日朝一番で運ばれて行く人かなァと思っていた。次の朝ふと思い出して、昨日のお母さんの所へ行ってみたが姿がない。


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