サッチャン1_2
 数日後、女学校から連絡が入り広島へ行くことが決まった。負傷者の看護の為であった。
 広島駅に降り立ったその時、初めて感じた空白の時間であった。引率の先生が発する悲鳴に似た、「行くぞ、行くぞ、はよう歩け。」の声でふと我に帰った。火事の後のあの臭いと、天から降り注ぐ真夏の太陽、地面から来る照り返し、そしてセミの声・・・と思ってみたがどうも違う。「サッチャン、人、人、人の声じゃ。」トモちゃんが泣きながら言い出した。
 ガレキの下敷きになった人の声だった。焼け落ちた家の柱と思えば人間の形をしている。欲しがる水をあげれば力が抜け落ちる。日陰は負傷者で溢れ、付ける薬は赤チンだけ。
サッチャン1_2  助けて助けての声がセミの声に似て、方々から聞こえる。
 引率の先生の友達に移動中出会った。自らも傷つきながら、教え子をたずねまわっているとのことだった。死没者名簿に名前があれば、いまははや、ほっと息ずく思いがする。
 名前だけでも・・・・この哀しさを忘れて・・・・
 江波の小学校に着いたのはもう夕刻だった、疲れているのに寝れないで朝をむかえた。
 未だ理解出来ない現実、なぜみんな幽霊のように両手を前に出しているのか、ちぎれ落ちそうな布をそのままにしているのか、なぜ悲痛な声を聞いていられるのか、何故、何故、何故、・・・・・・・現状が理解出来ない、現実が理解出来ない。両手を下ろすと痛みが増し、ちぎれた布は、剥がれ落ちそうになった皮膚だと、それすら理解が出来ない。


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