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小林和作
石

 私は今、日本間で油絵をかいている。床には支那漢時代の画像石の拓本の懸幅をかけ、その前に花の代りに石を七個置いている。見てあかぬものは支那古代の造形物であるが、さらに味の深いものは石である。
 七つの中の三つは山陰道の美保関の海中でひろったものである。一つは赤く、一つは黄色で、一つは灰青色である。他の三つは今年の春に愛媛県から九州へ向けて長く突出している佐田岬の端の方へ行った時に拾ったものである。一つは底に紅色を帯びた赤い色で、他の二つは青色に白い筋が何本か走ったものである。
 それで六つの稀な、しかし心なき人が見たら平凡な石が集まったが、中心がないような気がするので、以前から骨董品として持っていた南画家の田能村直入翁が愛していた由来書のついている少し大きな石を中心にして、それらを配置したら実によく納まったので、その位置のまま楽しんでいる。
佐田岬  直入翁の石は南画的で、立てれば大山脈のごとく見える奇石で、堅くかつ重いから或いは鉱石ではないかとも思う。しかし私はそれにも増して、美保関や佐田岬で、それまで捨てて置かれた不器用な石を、私が選んだものであるゆえか多く愛している。風景画家である私は、絶海の風浪を連想させるこれらの石によって、自然物の含蓄なるものを教えられる。石の方でも性があれば、時には故郷の海岸を想うであろうか。
(昭和二十九年)
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