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写真家村上宏治氏と知り合って10年ほどになる。パンフレットやポスターなど、広告写真の撮影で何度か一緒に仕事をさせてもらった。尾道はその中でも特にロケ地としてよく利用した場所。またプライベートで尾道をブラリと散歩している時に、偶然にカメラをかかえた村上氏と坂道の途中で出会ったりもした。おそらく彼はこれまでに何百、いや何千という写真を尾道で撮っているはず。尾道の観光案内は数あるけれど、村上氏の尾道ロケ現場を巡る案内はちょっとないだろう。  

僕はある平日の朝9時、松永の自宅を自転車で出発、尾道に向かってペダルをこぎはじめた。季節は8月の終わり、日差しはまだまだ夏の力を持っているけれど、風はずいぶんと涼しい。秋のにおいが少しだけするようだ。2号線沿いをまっすぐに進み、やがて尾道大橋、そして尾道水道。途中少し休憩を入れて、長江口についたのは約30分後。細いわき道がところどころにあって、「どこへ続いているのだろう?」と好奇心をそそられる。

そういえばこのあたりの細道を村上氏は時に大きな四駆車でスリリングに通り抜け、時にアシスタントともどもカメラ機材を汗だくで抱えながら歩いていく。 気の向くままに道を進めばやがて階段。道しるべには「タイル小路」と書かれている。訪れたたくさんの人々のメッセージが色とりどりのタイルに書き込まれた小路は、誰もいないのに、何だかにぎやか。しばしタイルをながめた後、尾道駅方向へと再び出発。    
  

千光寺下から自転車を降り、文学記念室のほうへ昇る。このあたりは尾道のマンションのカタログのイメージ写真ロケに使った場所。もう少し上へ行くと、絵ハガキに使われた石畳。数年ぶりの坂道に、あの頃のことを思い出す。

不思議なことに一般の人でも、村上氏の写真かそうでないかを見分けられる人が多い。独特のあったかみが感じられるかららしい。特に尾道を写した作品はその傾向が強いように思う。それだけ思い入れがあるのだろう。尾道の街を歩いていると、誰だってちょっと写真に残したいな、という場所に出くわす。

でも、これが素人だとなかなか難しい。村上写真のようにはいかない。色あいとか風あいが出せない。決して村上氏が特別なカメラを使っているとか、すごい技術を駆使しているのではないと思う。たぶん同じ風景でも、見え方が僕たちとは違うのではないだろうか。見え方、見つめ方、まなざしが違うのではないかな。渡船の行き来を眺めながら、そんなことを考える。

残念ながら村上作品によく出てくる猫ちゃんにはまだ出逢えていない。どこかの木陰でじっとしてるのだろうか?今度村上氏に会ったら、尾道で最も好きな撮影場所はどこなのか聞いてみようと思う。だけどきっと彼のことだから、1ヶ所にはしぼりきれないだろうな。
文・ポラロイド撮影//松田滋樹(コピーライター)

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